医学進学コース特別講座「医師志望論」の最終回の様子
気付けば今年度も残り僅かとなり、宝仙学園にも春一番が吹きました。
今年度から始動した医学進学コースのはじめの1年が終わろうとしています。
今回は全25回に渡って実施された医学進学コース特別講座「医師志望論」の最終回の様子を報告いたします。
「医師志望論」では、将来、医師になることを目指し、医療・医学と自分・社会との関わりを考え、高校生として自分なりの医師志望論を確立することを目的に様々な学びを積み重ねてきました。そしていよいよ迎えた最終回では、コース生全員が1年間の学びを振り返るプレゼンテーションを行いました。
プレゼンテーションでは、「医師志望論」での学びの成果と今後の展望が述べられ、各々の学びが全く違うことに驚きました。同じ時間に、同じ場所で、同じ体験をしていたとしても、これまでの経験や、手に取った本、出会った方々や交わした言葉によって、学びはそれぞれのものになっていくのですね。
さて、生徒たちは、ひとつのテーマを取り上げ、医療・医学と自分・社会との関わりを考えるひとまとまりの活動「UNIT」を通して1年間の講座と向き合ってきました。今年度取り組んだUNITは以下の4つです。
①私たちはなぜ医師を志望するのか—医師の固有性と自分の将来を考える—
②医師はなぜ不足しているのか—地域医療のいまとこれからを考える—
③名付けるとはどのような行為なのか—病名と診断の功罪を考える—
④命を救えないことは罪なのか—災害大国における医療と倫理—
ここでは、これらのUNITを通して生徒がどのようなことを学んだのか、プレゼンテーションの中からUNITごとにご紹介します。
①私たちはなぜ医師を志望するのか—医師の固有性と自分の将来を考える—
今年度の「医師志望論」はここから出発しました。医療・医学に関わる職業や役割を調べ、医師の固有性について考えるUNITです。お互いの顔と名前も一致しないままに付箋や模造紙を使って楽しそうに話し合っていた皆の顔が思い浮かびます。
このUNITに関しては大きく二つの感想が述べられました。一つは、医療・医学に関わる仕事は医師だけでなく広範に広がっているということです。「チーム医療」という概念を軸に多くの人々が医療・医学に関わっていることが分かったようです。もう一つは、親族に医師がいることで分かった気になっていたことがそうでなかったことに気付けたということです。自分の置かれた環境により、当たり前のように医師を志望していたことを見直し、改めて医師を志望することについて考えることができたようです。
②医師はなぜ不足しているのか—地域医療のいまとこれからを考える—
このUNITは「サマーセミナー」を含む大きなUNITでした。医師不足の問題は日頃からニュースなどでよく見聞きしていたようですが、実際に文献調査や新潟でのフィールドワークを行う中で、医師不足に対する見え方は大きく変わったようです。
例えば、医師不足は全国規模での医師の遍在による問題であるということ、医師不足が自治体や病院の財政的な課題や地理的要因による交通の課題など多岐に渡る課題が複合した結果の構造的な問題であるということなどが挙げられていました。
意外だったのは、実際に病院の方々にお話しをお伺いする前に、グループでインタビュー項目を検討する活動が印象に残った生徒がいたことです。協力者の方々からお時間をいただくことの重要性を認識し、懸命に考えてくれていた証拠だと思います。他者を尊重する誠実な姿勢が感じられ、一段と頼もしい姿が見られました。
教室を出て、現場を目にして、現場の方々のお話しを聞くことにはやはり価値があったようです。このUNITには「医師志望論」ならではの学びがあったのではないでしょうか。
③名付けるとはどのような行為なのか—病名と診断の功罪を考える—
11月14日の「世界糖尿病デー」と生物基礎のカリキュラムに合わせて2学期後半に取り組んだこのUNITでは、医師の重要な役割である病名をつけて診断するという行為について考えました。精神分裂病が統合失調症へ、痴呆症が認知症へというように、病名が変更された事例をグループごとに分析しました。そして、現在議論が進行中であるという糖尿病の病名変更について英語名である「ダイアベティス」ではなく、病名変更の原因となった課題を克服する和名を考案する活動を行いました。
このUNITを振り返った生徒は、自主的に視聴した統合失調症の患者のドキュメンタリーから病名による差別の問題について考えた時間が印象に残っていることを述べました。また、名前による偏見があること、そして偏見を無くそうとする運動があることから、その普及のあり方を課題として述べた生徒もいました。病名一つを取っても、そこには様々な社会的な課題や倫理的な課題が潜んでいることを感じ取ってくれていたようです。
このUNITを通して、すでに彼らには今までとは全く違う世界が見えているのかもしれません。
④命を救えないことは罪なのか—災害大国における医療と倫理—
阪神淡路大震災や東日本大震災といった大震災の起きた3学期のこの時期、保健の授業では応急処置や救急救命の単元が行われていました。そこで取り上げたこのUNITでは、災害時に行われるトリアージについて様々なドキュメンタリー映像と文献調査から考えました。
ここで見えてきたのは、トリアージにおける医師の葛藤でした。これまでどのようにして患者を救うのかということを中心に考えてきた我々は、医師も救われなければならないことに気が付きました。ある生徒は医師を守るためにトリアージに関わる法整備が必要であることを訴えました。またある生徒は文献調査を通して読んだ一冊の本から医療も含む災害時の社会の体制について考察しました。
災害のリスクと隣り合わせで生きるこの国で医療はどうあるべきか考える中で、そこに横たわる問題は倫理や法をも含む社会全体の問題であることが明らかになりました。
さて、ここまでUNITごとに生徒の振り返りをご紹介しました。
他にもUNIT全体を通して、文献調査や適切な引用の仕方などの学問的誠実性の重要性であったり、ディスカッションやピアレビューの活動が成長に繋がったといった声が多くありました。また、自分が病院に行く際にその病院のことや医師のことを細かく調べるようになったということや、探究の時間で取り組む研究テーマを医療と社会的な課題との関わりにしたというような行動の変容も起きたそうです。
そして、多くの生徒が今後の展望として挙げたのは、医療・医学における倫理的問題を考えてみたいということと、他国の医療・医学についても日本と比較して学んでみたいということでした。
来年度以降の「医師志望論」で皆が何を学んでいくのかとても楽しみな今日この頃です。

医師志望論 担当者