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校長blog「創立者を偲ぶ」

2025/6/28

昨日、学園の行事として、創立者忌日法要があり、標記のテーマで、わたしが話をしました。
校章・校歌・三信条に注目し、宝仙学園の文化を再認識し、この三つに込められた創立者の思いを顧みるという方法で臨みました。
私学なので、スクールミッションは、建学の精神を再設定することから定義することが望ましいと思いますので、
その問題意識は、継続していきたいと思っています。

さて、ここでは、わたしたち企画者には図らずも、聞き手の来賓および学生・生徒・児童・園児代表から、
温かい拍手が起こったピアノによる校歌演奏をおこなった芸術科主任・音楽科教諭の渋谷牧人さんから、ひとことコメントをいただきたいと思います。
渋谷さん。あの拍手は、どういう意味だったのですかね。わたしは、会場で、なにかが成立したような雰囲気を感じましたが。

富士晴英

私も心を込めて演奏したつもりですから、それに対する拍手と解釈させていただきますと個人的には救われた気持ちになります。
が、校長先生のご感想どおりそこには「何か」別の佇まいがあったように思います。
それは端的に言えば「然るべき時に、然るべきものと向き合った」拍手ではないかと感じています。
つまり普段はなんとなく当たり前のものとして接している校章、
そして校歌ですが、創立者の思いを偲ぶ厳粛な日に、皆で共有した時空間に対する拍手ではないかと。
それは故人と時空を超えて繋がる感覚にも例えられるかもしれません。

今回は歌が入らずピアノだけの校歌演奏であったことで、むしろ画面に映し出された歌詞を心の中で歌ってみようとそれぞれが試みるなど、集中しやすい効果もあったかもしれません。
いずれにせよ、目で見るものと違って元来音楽には不思議な時空共感覚を呼び起こす力があります。
ただし前述のとおり然るべきタイミングで然るべき作品に接触すればですが。

普段は互いがいることが当たり前でそれほど意識しない同じ学園の仲間どうしですが、こういった機会に互いの存在を確認しあい、
何か時空を超えたコミュニケートすらできたとすれば創立者の冨田先生も微笑みながらご照覧いただけたのでは、と願っております。

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