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第2回 理数インターのグローバル

2016/10/20

 アメリカ研修旅行で訪れたサンフランシスコで自転車を借りて、生徒と一緒にゴールデンゲートブリッジを渡った時のことです。先頭を走るのは私。20名ほどの生徒を挟んで最後尾は団長の校長。ところが帰路、校長が一人隊列からはぐれてしまい、迷子になったのです。第一回目の研修旅行で団長が迷子!このありえない状況に校長先生は慌てふためきながら、英語を駆使し、道行く人に道を尋ねたのです。もちろんそこは親切なアメリカ人。聞く人ごとに違った情報を教えてくれたそうです。遅れること1時間、何とか無事戻ってきた校長先生は、このアドベンチャーを満喫したように言い放ちました。「いやあ、迷ってみると、街というのはいろいろ見えてくるねえ。」

 気をもんでいた私にとっては何とも呑気な、という話ですが、実はこの校長先生のコメントには一理あるように思うのです。内田樹という人がこんなことを書いています。「コミュニケーション能力とは、コミュニケーションを円滑に進める力ではなく、コミュニケーションが不調に陥ったときにそこから抜け出す力である」と。一方が精通していることでも、相手にとっては不案内なことは、いくら明瞭に発話しても相手に伝わらないことがあります。文脈を共有しないからです。そこで自転車を降り、必死に身振り手振りでゆっくりと単語を並べたこところで相手が察知してくれました。「ああ、この可哀そうな外国人は道に迷ったのだな」と。これがコミュニケーション能力です。即興で、臨機応変に、通常のコミュニケーションにはないコードを使う力です。「ふつうはしないことをあえてする」ことによってコミュニケーションの回路を開通させる能力。「ふつうはしないことをする」わけですから、当然そこにマニュアルは存在しません。コードを破るやり方はコード化できないのです。

 ところが「臨機応変に事態に処する力は生物にとって必須の能力であるにもかかわらず、それを涵養することが教育の本務である、という合意は私たちの社会にはもう存在しない」と内田樹は指摘します。その辺については次回詳しく。

                           共学部理数インター高等部教頭・右田邦雄

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