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中学blog no.7 「普通」

2018/7/11

先日、たまたまツバメの巣の専門店が日本にあるという記事を目にしました。
ツバメの巣は1200年も前からスープやデザートで使われる高級食材です。
アナツバメの唾液成分が健康、美容に作用するそうです。
四本足は机以外、二本足は両親以外、飛ぶものは飛行機以外、水中のものは潜水艦以外なんでも食べる。
隣国中国の食文化をこのように表すことがあります。食しないものの境界線なぞあってないようなものです。
私たちが考える「普通」とは違うのです。

会話1
A「あの巣、食べたらおいしいのかな?」
B「どうだろう?そもそもあんな断崖にあったら取れないじゃん。」
A「いや、いけるよ。…ほら、取れた。」
B「でも、ほんとに食べるの?」
A「もちろん。とりあえず持って帰ろう。」

会話2
A「あの巣、食べたらおいしいのかな?」
B「どうだろう?そもそもあんな断崖にあったら取れないじゃん。」
A「そうだね、たしかに無理だね。」
B「うん」

こんなやりとりがあったかはわかりませんが、どちらも「普通」の会話です。

ここで、ご存知の方も多いと思いますが、人種差別の中、
1950年代に活躍した黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソン選手の言葉からの質問。
「不可能の反対語はいったい何であるか」

答えは「挑戦」です。

先日、自転車に乗り、猛スピードで大通りの坂を下っている高校生を車の運転席から見かけました。
細い脇道を通り掛からんとすると、そこから車が。自転車は急ブレーキをかけ、かろうじて停止。
車は来ないだろう、が彼女の「普通」なのでしょう。これはもちろん挑戦ではありません。
無謀そのものです(ほんとに何もなくて良かった)。

「挑戦」というと人は前述の断崖にある巣を取るといった大きいものや一見無謀と思えることを想像しがちです。
確かにそれは正しい。でもそうではなく、ついつい先延ばしにしていること、普段やってみたいと思っているが、
無理かなと思い、実行に移していないことに挑み、「行動」する。これも立派な挑戦です。

「無理かな、やっぱりやめとこう。」ではなく「無理かな、でもちょっとやってみよう。」その一歩を踏み出す勇気、ここが大切。
だって自分の線の引き方一つで「普通」の意味が変わるからです。
nicknameという英単語。元々はan eke name (昔はeke:イーク = other、他の名前)でした。
本来は不定冠詞のanとeke が「境界線」であったのに、今ではaとnekeの間に線が引かれ、a nickname となりました。
言葉は勘違いや誤解、時には自分が無知なことから新しい語が生まれるのです。
そして今ではそれが「普通」の言葉として使われていることも少なくありません。行動も同じ。
自分で自分の「普通」の変化に気がつくのは、いつも後です。

本校が中学生全員に夏の課題として課すのは、「挑戦」することです。
例えば、他流試合への参加。これは外部団体が主催するコンテストへの参加です。
もしくは、夏の長期休暇を利用し、何か継続的に観察や行動をする等々。「
〇〇をしなければならない」という指定は特にありません。「挑戦」を通じ、意識を外や内へ向けることで、自分を客観的にみて欲しい。
今までの自分の「普通」を変える「挑戦」の夏です。

A「どうしたの?」
B「〇〇をしようか悩んでます。」
A「悩んだら、やってみる。これが普通だよ。」

このような会話が先輩から後輩に伝える「普通」になると嬉しい。

総務部長 對馬 洋介

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