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中学blog no.3「タブラ・ラサに刻む」

2018/4/28

教室へ向かいます。教室に着くと子どもたちは、教材を読んだり、確認テストの準備をしたり、と自分の椅子に必ずきちんと座り、私を待っています。
これはある約束を授業開きでしているからです。「私が教室に着き、空いていたら、その席には私が座る。そして、その座られた生徒が私に成り代わり、授業をする」と言うものです(私の到着を待つその姿はとても可愛らしい)。授業は始まるまでの「間」が大切であること、人の「間」に合わせることが大切であると教えます。

赤ん坊は、何も知りませんが、すぐに様々な知識を身につけていきます。アリストテレスは「人は何も書かれていない書板を持って生まれ、その上に知識が書き加えられていく」と述べています。また、人間の知識は「経験」によって増えていくというジョン・ロックの経験論を支える総括的で有名な言葉が「タブラ・ラサ(ラテン語で磨かれた板)」です。そして、その板に書き込む「未知」を学ぶのが学校。「未知」の繰り返しが「既知」となります。でも、それは自然に書き込まれるものではありません。自ら書き込むことが必要となります。

ファーストペンギンの話を年度始めにします。岩場にいる無数のペンギン。眼下には、たくさんの魚が。でもウロチョロ、ウロチョロ。だって、すぐに海に飛び込めば、敵に捕食されるかもしれないから。ペンギンだって、安全であることがわかってから行動したいのです。それを承知で、飛び込むのがファーストペンギン。もちろん、好きなだけ、魚にありつけます。後には彼⁈に続く大量のダイバー。でも多すぎて、後になればなるほど食べ物にありつけません。「間」に合わないのです。確実なものなどないからこそ、やってみることが大切、という話です。
確かに未知は怖いかもしれない。でも既知だけでは、人は成長できないのです。どうしようと考えている「間」に、チャンスはどんどん逃していきます。
学校にはハイリスク、ハイリターンな場面は正直あまりありません。だから、少なくとも今のうちに失敗を恐れず、飛び込む勇気を持つ大切さを彼らの隙間だらけの板に刻むことに私はこだわります。

教室で大人しく座って待っている彼らはいざ授業が始まれば、我先に発言や質問をしようと手をあげます(その姿はさらに可愛い)。大人には教える責任があります。私は彼らの好奇心を切らさぬために、彼らの姿を私の板に刻もうと思います。

総務部長 對馬 洋介

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