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第27回 理数インターグローバル 「その道の先には何がある」

2017/5/25

 今年も6/1から高校2年生がアメリカ研修に出かけます。スタンフォード大学での学術体験、ヨセミテでの自然体験の次は、いよいよサンフランシスコでの異文化体験です。ほぼ二日間、生徒は自分たちのグループで街歩きをします。バスに乗せられて全員が同じ観光地を巡るツアーではありません。初めから行く場所をリサーチして、それぞれが行きたいところに行って、見たいものを見るのです。

 海外旅行というと今もパッケージツアーが定番です。知らない土地を限られた時間で効率的に回るには便利ですし、第一、添乗員がいれば安心安全です。というわけで「サンフランシスコとヨセミテ6日間の旅」なんていうツアーが企画され、大学生あたりにも人気があります。旅程表を見ると、初日がSFのフィッシャーマンズワーフでカニを食べ、つぎにユニオンスクエアーでショッピング、夜は夜景見学に…というように6日間の詳細がきちんとお膳立てされています。忙しい社会人や面倒くさがりの学生には、わざわざ自分たちで旅行計画を立てる必要がなく便利なことこの上ありません。しかし、だから本校の高校生や卒業生にはこういう旅は勧めていないのです。

パッケージツアーは安全で便利ですが、いろいろと制約も多いのです。その最たるものは「旅程表にない場所には行けない」ことです。当たり前です。ツアーを外れて自分一人だけアルカトラズ島に行きたい、とかユニオンスクエアーの先の路地を入った向こうの通りまで行きたい、といった我が儘は許されないのです。せいぜい夜景見学は止めてホテルにいます、程度の自由はあるでしょうが、つぎのヨセミテは止めてナパのワイナリー見学に行って来ます、という訳にはいきません。
ところが知らない街を歩いていていちばんワクワクするのは路地を曲がったとたん、それまでとは違う景色が目に飛び込んできて、もっと先まで行ってみたい、と思える瞬間なのです。(おじさんたちにとって初めて訪れた街の盛り場で、良さげな居酒屋を求めて路地を右往左往するのが楽しいのと同じです)そして好きなだけ、歩きたい所を彷徨う自由が、街歩きの最大の醍醐味なのです。ところがパッケージツアーにはこの自由が決定的に欠けているのです。

サンフランシスコで街歩きをしているといろいろな場所に遭遇します。目に鮮やかな原色の装飾が施されたカフェ。その隣の何を売っているか分からない、間口の狭いミステリアスなお店。芸術レベルにまで高められた壁画の落書きがどこまでも続く狭い路地。その先にはここはちょっとヤバいぞ、と嗅覚が教えてくれる一角。その向こうの高台には街を一望にできる開放感溢れる公園。好奇心旺盛な高校生ですから、五感を使って探索していると自然と何かしらをキャッチしてきます。自分たちでも入れそうな店を見つけて、美味しいものにありつけたりもするのです。それは予め旅程表に載っている、パッケージされたコンテンツでは決してないのです。

生徒たちには、できるだけ事前に計画を立てて廻るようにと伝えていますが、実はそれは完璧なものでなくていいのです。決めた行程をその通りなぞることが目的なのではなく、行った先で、見知らぬ土地の初めての街角で、グループのメンバーがあっちに行こう、いやそっちは危ない、こっちにしよう、と右往左往することが大切だと思うのです。メンバーのなかの誰の意見が信用できそうで、誰の意見を排除するか。街行く人の誰に聞いたら優しく教えてくれそうか、はたまた怒鳴られそうかとか。様々な条件を考慮しながら次の一歩を踏み出すのです。そう考えると、サンフランシスコという空間で生徒たちは「学び」を大いに実戦しているのではないでしょうか。どうすべきか分からない状況で、それぞれがこれまでの経験値や五感を駆使し、知恵を出し合い、何とかなりそうな状況を切り開くことこそが人生の「学び」の本質だと思うからです。
旗を振るガイドの後をついて行くだけの名所巡りは老後の楽しみとして、多感な高校生たちに教室を離れた学びの場を提供することがこの研修旅行の目的の一つだと考えるのです。                      

共学部高等部教頭・右田邦雄

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