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第23回 理数インターのグローバル「抜けた頭髪は二度と戻らない」

2017/4/17

 “A rolling stone gathers no moss.” (転がる石に苔むさず)高校生が「分詞」を学習するときに必ず覚える諺です。この諺が英米で異なった意味に用いられることは、比較文化の授業で最初に教えられることです。根底には「苔(こけ)」に対する文化間の考え方の相違があります。そもそも苔は長い年月をかけ、同じ環境におかれないと良い苔は生えず、根付かないと言われます。「君が代」にも苔のむすまで、と歌われているとおりです。日本やイギリスのように長い歴史を有する文化では、変動せずに同じ場所に存在し続けることに価値を置き、そのため我慢強く耐え忍ぶことが美徳とされる傾向があります。そのような文化では、職業や住む場所を転々と変えたり、しばしば自分の考えを変える態度は思慮が浅いと考えられてしまいます。苔は美徳の象徴であり、流転する石に苔が生えない、とは腰が落ち着かない者は大成しない、という戒めなのです。(因みにイギリスの伝説的バンド The Rolling Stonesはそのネーミングといい、舌を突き出したマークといい、既存の価値観に対するアンチテーゼのようにも思われ興味深い)

 

ところがアメリカのように比較的歴史が浅い文化では常に変化しつづけること、活動的なことや新しいことに重きを置く風潮があります。そのような文化では苔は古くさく汚いものと見なされ、カビや垢と同様に敬遠されがちです。つまり流石に苔むさず、とは新鮮で変化に富んでいることへの奨励なのです。確かにアメリカ人のなかには会社を転々としながらステップアップする人も多く、また引っ越しを繰り返すたびに大きな家に転居する人も少なくありません。高校2年生が訪れる西海岸のシリコンバレーは起業家たちのホームグラウンドであり、まさにこの諺を体現している地でもあります。

 

異なった文化で一つの諺が別の意味で用いられたり、同意の似たような諺が使われたりする例は珍しくありません。同じく高校生が必ず覚える諺に It is no use crying over spilt milk.ということばがあります。こぼれてしまったミルクのことを嘆いても無駄、という意味ですが、日本語では「覆水盆に返らず」でしょう。イタリア語では “Acqua passata non macina piu.”(一度流れ去った水はもう粉を挽かない)という諺があるそうです。また、「一度口から出た言葉は取り戻せない」(ハンガリー)というのも同様の発想ですし、「抜けた頭髪は二度と元の頭には戻ってくれない」(ロシア)とはずいぶん現実的です。米原万里さんという稀代のロシア語通訳者が著した『他諺の空似』という本にはこのような例が数多く紹介され、まさにことわざ人類学と言えます。次の例などは宗教や文化が違っても同じ人間、思うところは一緒、と納得させられます。

「70匹の鼠を喰った猫がメッカ参りをしても神様には許されない」(パキスタン)

 

高等部教頭・右田邦雄

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