最新情報

第18回 理数インターのグローバル 『「ご不便をおかけします」その①』

2017/2/13

『誠に勝手ながら1月○日まで年末年始休業とさせて頂きます。ご不便をおかけしますが、何卒ご理解いただきますようお願い致します。』

毎年、暮れになると商店街の店頭に貼られる掲示です。仕事を休むことに罪悪感すら覚える日本人の心情がよく表れています。わずか一週間足らずの休みを取ることにすら気を遣うほど働くことが美徳な日本人。一方、「もしバカンスが1週間だったらこの国(ドイツ)は立ち往かないだろう」と、年に6週間の休みを取るベルリンの友人は言います。人は働いたら休息すべきで、それは当然の人権という考えが根付いているのでしょう。ストレスがたまれば免疫力が低下し、体調を崩しやすくなる。そうなってから休むのでは本末転倒。健康に働くためにも休暇は必要だ、と友人は力説します。

しかし、そりゃそうだ、と頭では分かっていてもそうできないのが日本の社会。

日欧の考え方の決定的な違いは「不便さ」への耐性の差ではないか、と思っています。人が休めば必ずどこかにしわ寄せがきます。会社で誰かが休めば同僚の仕事量が増えたり、お店が閉まればお客さんが不便になったり。日本ではその「迷惑」に対し極度に配慮するあまり、休むことへの罪悪感につながるのではないでしょうか。

一方、会社を休めば仕事が当面滞るのは当たり前なんだ、という不便さへの耐性の大きな考えもあります。ご存じの通り欧米では週末やクリスマス、バカンスの季節には観光地を除き、こぞってお店が閉まります。不便に感じる人はいるのでしょうが、しかしそれで文句が出る訳でもなく、残念だったね、開いてる時に出直そう、と割り切っている様子です。それくらいの不便は皆が健康に生活するためには不便でも何でもないんだ、という考えが欧米の社会にはあるように思えます。その根本には互いを勤労者として認めあい、お互いの権利に対する理解と尊重があるのでしょう。

日本にもかつては正月に二、三日店が閉まっていても、それを「ご不便」と思わず当たり前、という風潮があったはずです。いつの間にか経済効果を優先し、競って休みを返上して初売りに走る傾向が生まれました。それが顧客へのサービスだという認識があります。しかし、価格低下のみを求めたり、営業時間の長さだけを競い、企業や社員が疲弊していくサービスは決して良質のものではありません。必ずそのしわ寄せは顧客に返ってきます。

昨今の学校現場でも同じ現象が起きています。長期の休み中にたくさんの講習が用意されていたり、授業時間数が他より多い学校ほど「面倒見がよい」と評価されるのです。講習の意義自体を否定するつもりはありませんし、塾を勧めるつもりもありませんが、闇雲に生徒を学校に縛り付けておくと、いつまでも自律した学習者には成長しません。生徒は教師から言われた課題をこなすことだけが勉強だと会得してしまうからです。また教師も課題を出し続けることが教育だと勘違いしてしまいます。この相互依存の学習スタイルを続けていくと、生徒も教員も疲弊していきます。それは全く良質の教育とはかけ離れています。

生徒の学習習慣が確立するまでは、十分なサポートが必要です。しかしいつまでも補助輪をつけて走らせる訳にはいきません。少しずつ手を離し、一人で走れるようにする必要があります。初めは思うように進まず、不便でしょう。しかし、だからといっていつまでも手を貸して並走するのではなく、その「不便さ」への耐性をしっかりと養わせることが、本当の面倒見の良さなのではないでしょうか。 

 

高等部教頭・右田邦雄

Return to Top ▲Return to Top ▲