同窓会活動の一環として、お世話になった先生へインタビューを行い、在学当時は聞くことができなかったエピソードや先生の想いを掘り下げていきます。
今回は生活面、社会科教育、部活動の三面から支えてこられたオールラウンダーの渡邊利行先生に11期生の福田と13期生の森元が、お話を伺いました!
ー本日はお忙しい中ありがとうございます。まず、簡単な自己紹介をお願いします。
渡邊先生 バスケットボール部の顧問をしています、渡邊利行と申します。昨年度までは13期生の学年主任として中学1年生から高校3年生まで6年間を担当していました。今年度は特定の学年に属していないので、学園祭や体育祭といった学校行事では「どこの学年を応援しようかな」と少し不思議な気持ちで過ごしています。
ー 最初の質問です。渡邊先生は今年で勤続何年になりますか。
渡邊先生 共学部が来年度20期生を迎えますので、私は今年で18年目になります。
福田 僕が1年生の時からいらっしゃいましたよね。 6年間ずっと渡邊先生に支えていただいていまでも「元気にしてるか」と声をかけてもらうのがとてもうれしいです。
ーそもそも、教員を目指したきっかけは何だったんですか。
渡邊先生 私は山梨県出身で、小学4年生の時に仲の良い友人と一緒に春休みの山梨大学の教育学部の野外研究部が企画しているスキー教室に参加しました。教室では、スキーだけでなく、かまくら作りや雪合戦など、貴重な体験ができ、とても楽しかったことをよく覚えています。当時は私は田舎育ちということもあり、甲府市など“都会”の子どもたちと関われたことも新鮮で、毎年参加するうちに、「こういう体験を提供する大人って楽しそうだな」と感じるようになりました。その経験が心のどこかにずっと良い思い出としてありながら、中学受験を経て、教育学部のある大学の付属中学に入学しました。そのため、教育実習生と接することが多く、自然と「教える仕事って面白そうだな」と思うようになりました。
大学では政治経済学部に進学しましたが、教員免許を取る機会があり「やってみよう」と思ったことが教職への第一歩でした。遊ぶ時間が無くなってしまうため、友達からは反対もありましたが上手く両立しながら教員免許を取得し、卒業後に山梨県の教員採用試験に挑戦。しかし競争率の高さを知らずに受けたため、落ちてしまいました。
そこから改めて本格的に勉強を始め、山梨・都内の私学などで非常勤講師をしながら経験を積み、縁あって宝仙学園に採用され、現在に至ります。
福田 そうなんですね。ということは、教職課程も追加で取得することになって、大変でしたか?
渡邊先生 そうですね。忙しくなりましたが、教員になりたいという気持ちもありましたし、しっかり履修したら教員になれるため、頑張ることができました。教育実習も、アルバイトも、部活も両立できて充実した学生生活になりました。
福田 本当にすごいと思います。そして今では、精神面でも声掛けなどをして生徒を支えていて…それこそ、バスケ部の顧問で、すごい熱血な教師だなってイメージがあります。
ーバスケ部での熱血指導の印象が強い渡邊先生ですが、部活動で印象に残っている出来事はありますか。
渡邉先生 やはり引退試合はどの代も印象に残っていますが、一番の転機は、女子部で勤務していた頃に共学部の生徒を受け入れたことです。
私は女子部のバスケットボール部の顧問をしていました。当初、共学部は勉強中心という方針で設立されたため、部活動があまり充実しておらず、よく共学部の生徒が体育館を覗きに来ていました。その後、放課後に既存の部活動に入部体験できる企画が行われ、学校側より「バスケットボール部にも共学部の生徒も部活動に受け入れてほしい」と依頼がありました。最初は戸惑いもありましたが、私の恩師から「バスケを広めたいから受け入れてほしい」とお願いされたこともあり、共学部も含めたバスケ部を始めたことが結果として大きな転換点になりました。
もしあの時、共学部の生徒を受け入れていなければ、今のように共学部の生徒と深くかかわることも、共学部への異動もなかったかもしれません。だから1期生・2期生の生徒たちとの出会いは特に印象的で、私にとって大きな財産です。
ー卒業生との関わりで心に残っていることはありますか。
渡邊先生 卒業生との関わりで心に残っているのはやっぱりバスケ部の生徒たちですね。
バスケ部設立当初、1期生・2期生の頃は部員も少なく、最初の大会は5人ぎりぎりで出場したこともありました。先輩がおらず、戦略やトレーニング法も確立されていなかったため、どうすれば強くなれるのか全くわかりませんでした。そんな状況で、最初の試合に臨んでしまい、結果は惨敗でした。
そこから、生徒たちの強くなりたいという気持ちが芽生えて、それまで以上にランニング量を増やすなど、トレーニング方法が変わりました。一方で練習も厳しくしてしまい部員との距離感が難しくもありました。
しかし、今ではそんな卒業生たちとも、一緒に食事をしたり、近況報告をしに学校に遊びに来てくれたりしており、あの頃の関係が今も続いていることが嬉しいですね。
現在は忙しく、なかなか放課後の時間が取れないため、平日は部活動終わりのミーティングに顔を出すだけになってしまっています。代わりに土日は指導のための時間を確保するように心がけています。十分に指導ができない日もありますが、これからも部活動にかかわっていきたいと思ってます。
森元 やっぱり生徒思いの先生ですね。
ー先生がもし中高生に戻って宝仙学園に入学できるとしたら、何をしたいですか。
渡邊先生 やりたいことは2つあります。
1つ目は、宝仙学園のネイティブの先生が多い環境を活かし、中高6年間をかけて英語を話すスキルを身につけたいと思います。
2つ目は、バスケットボール部に入りたいです。
当時は監督の指示通りに練習していましたが、今は動画で研究できる時代ですし、自分でどのトレーニングをすべきなのか判断しながら主体的に取り組む部活動をしたいです。
ー最後に、卒業生へメッセージをお願いします。
渡邊先生 宝仙学園の卒業生が、それぞれの場所で元気に過ごしてくれていることが一番嬉しいです。大企業でも中小企業でも、どんな進路でも、自分らしく頑張ってくれたらいいなと思います。
そして、当時の先生も含めて宝仙とつながりのある人たちが、同窓会やOB会などで再会し、当時の懐かしい話や今の活躍を聞かせてもらえたら、とても嬉しいです。

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