「英語探究」は、理数インター5年生(高校2年年生)の選択科目です。
さまざまな国籍のゲストをお招きし、価値観の多様性を体感し、それを英語で表現してみようという実験的な授業です。
授業者は、英語科主任であり、教務部長でもある、對馬さんです。
この度、雑誌『進学通信1月号』に、對馬さんの取り組みが、フィーチャーされましたので、ご紹介します。
對馬さんからも、これからの英語科のアニマルスピリットについて、コメントいただきましょう。
富士晴英
教育とは、昨日までの自分とは訣別することに有ると思っています。
教育の凄さと怖さは、そこに有ります。
授業とは、業を授けると書きます。
仏教用語では、「業」とは「行為」のことですが、そこには、次の行為を引き起こす力も含まれます。
行為を授けることはできません。
でも、その業のトリガーは授けることができます。
教育とは、壊す行為でも有るのです。
breakは野蛮なイメージも確かに有りますが、breakfastのように断食(fast)を断つ(break)、と言った習慣的なものを「止める」という意味や、breakthrough のように壁を突き破り、「大躍進する」という意味にも使います。
そんな私の授業を受けている生徒の2学期の授業感想(原文まま)を紹介します(授業詳細は、進学通信1月号で紹介されています。ぜひご覧ください)。
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【国際交流の今】
アフターコロナの「英語探究」
創造的授業で、学ぶ意欲もアップ
→ 「進学通信」の記事はこちら
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A君
日本語では考えないことを英語で考えてみたりすることができるので、とても刺激を受けている。また、教材レベルの英語から本場に近いレベルの英語の差を計る機会、自分の英語力の進行具合を見る機会となっている。クラスメイトの姿勢に刺激を受けて、英語学習への意識を考えなおしたりたいこともある。
Bさん
英語探究の授業を通じて、社会問題等の身近な話題を英語で扱いうことが多いため、日頃からニュースを見聞きしたときに英語での表現を考えて調べてみたり、元が英語の会見やインタビュー、文章などを訳されたものではなく、元の素材で読む、聞く、見るということを心がけたり、実生活において英語を取り入れてみる習慣がついたように思います。逆に日本のニュースが海外でどのように受け止められ、どう報じられているのかを英語のメディアを通して知るようになりました。英語でそのまま吸収することによって、訳されたものではわからないニュアンスやそこから考えられる文化的背景、ひいては政治的姿勢の違いを感じることができ、英語の力がつくだけではなく、視野が広がって家族と社会について話してみることも増えたと思います。インプットの言語が2通りにあれば、アウトプットできるアイディアはその何倍にもなると気づけたことは、この授業を通して得たものの中で一番大きいです。
時には、授業プランを自分達で立案実行し、
他者からは、自分の価値観を揺さぶられ、
それを言語化することで、自分を俯瞰する。
私の英語探究で、深掘りするのは「自分」です。
英語科主任 對馬洋介