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#62 京橋ショッピングモール

2020/12/6

 東京と大阪にそれぞれ「京橋」という地名がありますが、読み方(正確にはアクセント)が違うのはご存じでしょうか。東京では「きょう→ばし↑」と平坦に読みますが、大阪では「きょう↑ばし↓」と最初にアクセントを置きます。では仮にその東西の京橋にモールができて「京橋モール」という名称になったとします。さて、どんな読み方になるでしょう。

 アクセントの異なる二つの地名に「モール」がつくと、実はどちらも「きょう→ばし→もー↑る」のようになります。大阪だけ「きょう↑ばし→もー↑る」とはなりません。ところが、「京橋」のあとに「ショッピングモール」をつなげるとどうなるでしょう。不思議なことに、東京では「きょう→ばし しょっぴんぐ→もー↑る」のように読まれるのに対し、大阪では「きょう↑ばし しょっぴんぐ→もー↑る」のようになり、もともとの地名のアクセントが復活します。

 昨日の父母会主催の言語学者の大津由紀雄先生(慶応大学名誉教授)の講演はこんな話で始まりました。大津先生が「京橋おばけ」と名付けたこの(不思議な)現象には、実は理由があり、「日本語の単語のアクセントは、一度下がったあとではもう上がらない」のだそうです。京橋モールが大阪では「きょう↑ばし→もー↑る」とならないのはそのためです。ところが京橋ショッピングモールのように単語が長くなると、これは「京橋+ショッピングモール」と2つのまとまりと見なされるために、それぞれのまとまりでアクセントの上げ下げが可能となるのです。

 実は同じことがこの学校の名前にも当てはまります。「宝仙」だけだと「ほー↑せん」と最初を強く読みますが、「宝仙学園」となるとどうでしょう。「ほー→せん→がく↑えん」となりますね。これなどは言われて初めて気がつく人も多いのではないでしょうか。ちなみに、「宝仙理数インター」となると、今度はまた「ほー↑せん りすう↑いんたー」と強弱を繰り返します。「宝仙+理数インター」と2つのまとまりと認識されるからでしょう。先の法則性がここでも確認できますね。

 われわれは日本語を知ってはいますが、日本語については知らないことも多いのです。これは母国語に対する母語話者の特徴です。われわれは母語である日本語を無意識のうちに使いこなす能力を備えているのです。それゆえに母語が思考を形成する大切な役割を果たすのだ、と大津先生は仰います。だから小・中学生くらいまではたくさんの母国語の気づきをする体験(「ことば」の世界に入っていく、と先生は表現されていました)が必要だと説かれます。なぜならこの母国語についての発見が、後の外国語学習に生かされてくるからです。

 『日本語では「本を読む」と言いますが、英語では read a book ですね。語順が違います。でも、日本語にも「読書」という表現もある。これは中国語の影響ですよね。英語と中国語は語順が似ている訳です。こういうことを小さな子に気付かせると、子どもたちは目を輝かせます。そんな例が他にもあるのか。また、こういう具合に行かない例があるとすれば、それはどうしてかと誘導してあげればいい。複数の言語に触れることで、知的な好奇心が刺激されるのです。』小学校で中途半端に英語を導入するくらいなら、きちんと母国語に向き合う時間がたくさんあったら、と考えさせられたご指摘でした。

 そして大津先生は今回の講演のテーマでもある、母国語を生かした英語学習を提案されました。日本語と英語を比較していくと音声面でも文法面でもさまざまな違いや共通点が見つけられます。(具体例は父母会を通して先生が公開して下さっている講演資料をご覧下さい)

 外国語学習の初期の段階では4技能をバランス良く伸ばすというよりも、情報受容(読むこと)とそれに必要な語彙習得や文法の知識理解に力を入れるのが効果的だという先生のご指摘は、まさに我が意を得たりと頷きましたが、そんな文法学習においても母国語との比較は有用です。「日本語でもこうなっているように」、とか逆に「日本語ではどうなっているだろう」、と考察することで言語の規則性や法則性に気づき、無味乾燥な丸暗記から脱してことばの世界に入っていけるからです。その意味において、先生は「複言語主義」という考えを提唱されます。英語や日本語が学習者の頭の中で別個に独立して存在しているのではなく、相互に補完的な役割を果たしていく、という考え方です。(「複言語主義」については大津先生共著の『英語だけの外国語教育は失敗する~複言語主義のすすめ』(ひつじ書房)をご紹介します)

 さらに講演では最後にこんな質問も出されました。「最初に肯定・否定を明らかにする英語と最後まで聴かなければそれが明かにならない日本語では、話し手の思考手順に差異が出るのではないか。」これに対して先生は決してそうではない、という言語学の最近の研究成果を紹介されました。専門的には言語と話者の世界観との相関性を提唱した「サピア・ウォーフの仮説」とも関連しますが、このような質疑応答がなされたということでもたいへん刺激的であり、今回の聴衆の皆さんの意識の高さを感じました。 (英語科・右田邦雄)

 

 

 

 

 

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